10数年の間、鋳物業に携わった経験から、学者でもありませんが、鋳造業の特徴と原価の把握や原価分析の考えかたについて苦労した結果を、私見としてまとめてみたものです。専門家から見るといろいろ問題となる部分やご批判もあろうと思いますが、一方で現場で原価の考えかたで困っている方に何らかの参考にしていただければ幸いです。

なお、参考になる関連サイトとしては、
 ウィキペディアの原価計算は、基礎を学ぶのに役立ちます。
 フォースネットワークの鋳造原価計算の進め方 は、原価の分類が絵になっていて判りやすいのですが、計算システムの内容はブラックボックスになっています。
 考え方を作るときの最初に取り組みは、自社の製造工程を頭に浮かべながら、自分で紙やエクセルにまとめながら考えかたを組み立ててみることをお勧めします。

鋳造の特徴と、費用の分類方法

鋳造の特徴  他産業とは際立った違い : 直列の設備とチームによる生産

 銑鉄鋳物の鋳造には、加工や組立型の産業とは大きく異なった特徴があります。

 鋳造の製造現場では、同じ場所にある同じ職場と装置で、多くの作業工程をこなし、多品種を生産します。大きくて数少ない製品も、小さくて数が多い製品も、中子や型が複雑で手間がかかり、後仕上げに時間の掛かるものも、ほとんど手間の掛からないものも、同じ場所で生産されます。

 現代の製造業では生産工程の分業化が進み、工作機械は、相互に独立して仕事を行う、並列型が多い。NCプログラムによる加工は、作業時間もツールの消耗も一定です。人の作業も、分業化され、マニュアルに従った同じ動作を繰り返すことで習熟も進みます。並列であることも寄与して、材料や仕事がありさえすれば、装置全体の稼働率はきわめて高くなります。
 このために、機械の償却費や作業費用も計算しやすく、間接費の配布も考えやすいことになります。お客様も、下請の加工屋さんも共通の土俵があり、相互の話が理解できるので、話も早い。

 鋳造の製造設備に共通なこととしては、「溶解」「造型(砂処理を含む)・注湯・冷却」「鋳仕上」が、工程として直列になっています。量産型の機械化された工場では、全ての工程が同時に動かないと製造できません。どこかの工程や機械に故障が発生すると、全工程が止まってしまいます。

 銑鉄鋳物の鋳造では、1500度という高温の溶けた鉄の湯を扱う重化学工業の側面があります。装置面では機械・電気・電子の大型の機械装置を扱います。さらに、1500度の湯の入れられる材質は砂しかなく、砂は流動性のある砂粒でありながら、押し固めると固体のようになり、さらに砂の粒は硬くて砥石の材料ですから、機械装置は稼動することにより大きく磨耗し、ベアリングの損傷なども起こりやすいのです。注湯の時にでる湯玉や湯バリなども機械に絡まりやすく、操業することにより機械条件が変ってきてしまいます。

 鋳型の出来具合により、バリもかなり異なりますから仕上げ作業時間もいつも一定ではありません。多くの作業を同時進行でこなすことも多く、多くの工程が直列に並んでいるので、どの工程のトラブルがあっても全部の工程の作業を中止しなければならなくなり、せっかく溶かした湯を固めてしまうこともあります。

  このように、それぞれの工程が異なる技術分野の仕事の組み合わせで、関係する要因が複雑かつ多数のために、習熟は容易ではなく、高い技能と経験と判断力が求められる仕事になります。各工程が直列につながっていることもあり、総合稼働率は一般の機械加工や組立産業に比較するとかなり低いのが実情です。

 こうした職場実態があるので、実際に掛かった作業時間の測定も実際にはかなり困難で、作業時間や作業費を根拠にすることの多い間接費の配分(配布)を行う考えかたを作る事も、容易ではありません。

 難しいことには、手をつけないのが人の習性です。このためか、この業界には、簡単でないコスト把握より、意味不明ながら顧客と同業に話がしやすい方法として、重量単価(K単価)の慣習があります。重量単価は、合理的な根拠はないのに強力な慣習ですが、この重量単価制度は鋳造の実際のコストを測定する努力を空しくし、当面の受注の為に将来の会社の赤字に目をつぶらせるという効果があります。

 似たような仕事の仕方をするものとしては、料理があります。ベースの味を作るだし(出汁)を基にして、板前さんが、包丁と鍋と台所で、多種多様の料理を作ります。料理の値段は、料理の種類により大きく異なりますが、だれもおかしいとは思いません。刺身も、お澄ましも、茶碗蒸しも、煮物も、天ぷらも、マツタケご飯も、それぞれの素材や種類ごとのコストを反映した値段がつきます。当然重量単価ではありません。

 鋳造の将来のためには、収支がバランスか、黒字であることが必要です。赤字が続くことは、事業として成り立っていないということです。現在の業界で、黒字企業の割合が極めて少なく、かつ黒字幅が通常の製造企業に比べると3分の1程度しかないということは、将来の鋳造製品の安定供給を損なう事態にもつながりかねず、大きな問題です。コスト改善の努力も必要ですが、不合理な価格体系の問題があるとすれば、実際の費用が製品単価に反映されるようになることも必要ですね。

費用の分類方法

 費用は、工場で使う費用(製造部門費)と、本社部門の費用に分けます。
 工場で使う費用は、製品に直接つながる費用(直接費)とつながらない費用(間接費)に分けます。

 会社全体の営業費用
 =製造部門費+本社費用

 製造部門費は、費目別の分け方のほかに、鋳造の工程に対応して、まとまりのある部門ごとに分けることもできます。溶解・造型・中子・仕上げ・その他などが適当でしょう。

 製造部門費
 =(工場内の直接費+工場内の間接費)+本社費用
 =溶解費    (原材料費、副資材費、溶解エネルギー費、溶解設備費、溶解労務費など)
  +造型・冷却ライン費  (造型設備運転費、砂処理費、ライン労務費、など)
  +中子費   (中子費、中子組立費、中子管理費など)
  +仕上げ費  (仕上げ労務費、仕上げ設備消耗品費、仕上げ設備保守費など)
  +品質管理費 (品管労務費、出張費、機器管理費、など)       

 設備償却費は、最後にまとめて配布する方法と、それぞれの部門ごとに設備を分類し部門ごとの償却費を算出する方法などがあります。どの方法にしても総額が割り振られていることが必要です。

見方を変えると
 =社外へ支払う費用+社内人件費
 =調達費+付加価値
 =変動費(製品に直接関係する費用)+限界利益
 と考えることもできます。

鋳造での直接費 : 個々の製品の製造に直結する費用

費用科目  内  容   
原材料費製品に残って出荷されるもので、お金を出して購入する鉄源(スクラップや銑鉄等)
※ 工場内で循環使用される製品以外の部分(湯道・押し湯など)は除外
副資材費製品を作るのに、補助的に使われ、製品にも残るもの、 接種剤など
溶解電力費鋳物では、1500度の高温に溶解するエネルギーが大きく、直接費とする。
 副資材費や溶解電力費は、湯と製品の歩留を考慮し、製品単価を計算する場合は歩留で割って製品ベースに直す必要がある。
中子費その製品を作るのに使われる中子の費用
砂処理費フラン造型の場合など、その製品に直接つながる造型用の砂処理に関わる
費用・砂処理の添加剤・廃砂処理などの費用
造型費フラン造型の場合など、その製品に直接つながる造型設備の操業に必要な費用
仕上げ費その製品のセキ折、ショット、バリすりなどの費用。
検査費その製品の硬度測定、表面概観、成分分析、組織、内部(X線や超音波検査など)
 検査判定や記録の費用
防錆・塗装費その製品に必要な防錆油、防錆塗装、電着塗装、焼付け塗装など
熱処理その製品に必要な熱処理費用
荷造り運賃梱包費、輸送費(トラック・海上・バラやコンテナなど)
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直接労務費人の作業が製品に直接つながる時。
 例 : その製品の仕上げには、一人で一日掛かる。
 例 : その製品の製造には、チーム10人で、日当たりで50個できる。
福利厚生費直接労務費に関わる会社負担の社会保険費用等

鋳造の間接費と配分 : 製品個々に直接結びつかない費用の取り扱い

費用科目  内  容   
<製造間接費>
製造労務費設備保守や工場管理者や工場労務担当者など
※賞与などを支払う計画がある場合は、毎月に引当金などで費用計上必要。
福利厚生費賃金支払に伴い、会社負担分の社会保険費として、医療保険、年金保険、
介護保険、雇用保険、労災保険がある。賃金の15%程度となる。
 
砂処理費生砂造型用の砂処理に関わる費用・砂処理の添加剤・廃砂処理などの費用
造型費生砂造型設備の操業に必要な費用
修繕費設備(機械・電機・電子機器)の故障修理費用。 ※機能向上の投資は投資に分類。
製造電力費工場の機械設備や高圧エアなどのユーティリティを動かすための動力費用。
減価償却費設備費を償却年数で割りがけ、その年や月で負担すべき費用。
設備更新費用を準備する意味で、重要。製造設備の品質とコスト競争力を維持し、若い人が参加したくなるような快適で安全な職場環境を維持するために、老朽設備廃棄と新しい設備を導入することは企業の維持と成長には不可欠。
雑費安全保護具(ヘルメット・作業着・安全靴・マスク・安全めがね・前掛け・手袋など)、
 
<会社運営費>コストを考える時は、工場内間接費と同じ扱いになります。
販売管理費本社労務費(総務・経理・営業など)、営業費、事務用消耗品、情報機器、IT費
経営スタッフ人件費、教育研修費など
支払金利金融機関借入金などの利息、手形割引の金利など
利益利益は、必要経費です。利益は、事態変化や景気の変動などへ対応に必要。
企業が永続的に事業を継続できるためには、変化への対応能力は必須です。利益がないということは、その事業がすでに時代に対応しておらず、成り立たないということです。

間接費の配分方法

基本と原則  会社の総コストは顧客に負担していただくことが必要

 企業の経営が持続的に成り立つためには、総支出以上の収入が必要です。本業での事業収入は、顧客への貢献への対価として、顧客から支払われる売上収入です。本業が成り立つには、本業での総支出を上回る売上が必要です。

 製品を顧客に販売する時には、製品ごとの価格を決める必要があります。価格の中には、費用部分と利益部分が含まれることになります。そして、費用部分の総合計は総支出になっているはずです。

 総支出 =直接費+間接費
 製品単価=その製品製造の直接費+間接費の割り当て分+利益

 製品単価を出すためには、総支出を製品ごとに割り振る仕組みが必要です。一つ一つの製品は、その製品を作るために直接必要な費用(直接費)と、直接費以外の工場や会社運営に必要な費用(間接費)を割り当てられた費用の合計になります。間接費の配分方法により、個々の製品の費用は、変化することがわかります。

間接費の配布方法は、どう考える?

 配布方法には、決まりきったやり方があるわけではありません。費用の配布方法は、考え方が合理的で説明可能で納得していただけるものならばよいわけで、状況にあった考えかたを工夫する余地があります。出来れば主要な間接費の発生と比例するものが説明しやすいですね。

 一般的な方法の1つに、全ての品種が通過する主要工程で、かつ生産全体を制約する工程(ネック工程)に割り掛ける方法があります。

 最も大きな間接費用が造型設備の償却費の場合は、造型設備の利用を象徴する一ヶ月の造型枠数に割り付ける方法があります。溶解や工場建物設備などが最も大きな場合は、溶解量に割り付ける方法もあります。
 工場全体の運営に関わるその他費用は、直接費+間接費の合計金額に割り付ける(割増する)という考えかたもできます。

 小物では造型能力ネックなのに、大物では溶解能力がネックになるなど、品種によりネック工程が変ることがあります。その場合は、ネック工程に配布を変えないと間接費の配布が不足することが起こります。それぞれの場合ごとに、計算方法を変えることも考慮する必要があります。

事業継続の為に  高品質鋳物の安定供給は、鋳造と顧客双方の利益

 事業は、顧客へ貢献すること、そして事業が継続できるためには収支が、バランスするか、黒字であることは必須。そのためには、コストが把握できていて、その製品に対して、顧客が貢献へ代価として払える価格以下で供給が可能かどうかの判断の仕組みが出来ていることが、健全な経営の前提になります。

 一時しのぎに、操業度稼ぎのダンピング受注したとしても、長続きする事業はできません。長い目で見たときには、どこかで破綻を来たし、顧客に対してはその事業存続にも関わりかねない大きな損害を与えることになります。鋳造品の調達は、右から左に調達先を変更できるというようなものではないからです。

 値引き交渉に応ずることは営業でも出来るが、値上げ交渉や撤退の判断は経営トップしか出来ません。経営方針を最終的に責任を取って行えるのは、経営者だけです。

 値決めは、経営そのものです。

 製品の供給の継続安定性のために値上げが必要な場合には、経営者が顧客の上司や経営陣に良く説明することが大切です。営業担当から購買担当へお願いしても事態改善は困難。購買担当は値上げの承認権限は通常は持っていないからです。また、購買担当が上司に値上げの上申を行うことは通常は行いにくいのです。

 素形材の調達は、鋳造業の廃業撤退が進む中で次第に困難さを増しています。いつでも好きな時に、手に入るものではなくなってきているのが実情です。素形材が調達できないと、その後工程の機能が全て止まってしまうので、機械生産にとっては死活問題になります。顧客にとっての経営直結の重要資材の調達になっていることをご理解いただき、良い品質の鋳物が安定して調達できることと、そのための信頼関係が双方にとって重要であることを理解していただくことが大切です。

※顧客への貢献  原価と払える価格の関係についての考察
 水を例にとって考えて見ます。海、湖、川、乾ききった砂漠、病院の生理的食塩水が必要な場面、それぞれに水の意味や、値打ちは異なります。
 事業とは、必要とされているところへ、黒字になる仕方で水を運び続けることです。

月次決算は最低限、 さらには一歩進めて日次決算が望ましい

 経営状況を把握するのに、どの程度の頻度で行うべきか?が、あります。会社法上は、年度決算になります。上場企業ならば、Q毎(四半期)の決算の公表が求められます。

 通常の企業では、月次決算を行っています。月次決算にもいろいろあり、伝票入力は税理士お任せの場合は、月末から3週間以上経たないと実績を教えてもらえないようです。自社で経理ソフトにデータ入力が出来れば、月末後10日以内には実績が出てきます。

 しかし、それからアクションを取っていたら遅すぎます。日次決算を行っていると、変調を来たした場合は翌日からアクションを取ることが出来ます。現代は、それくらいのスピードがないと経営の維持は難しいと思われます。

 日次決算は、正式な決算ではありません。運営上の参考情報としての位置づけで、月次決算と同じやり方ではなく、ある程度の前提を置いて売りと買いの実績の状況や、操業状況から収支を推定する方法で行うことが出来ます。「当たらずといえども遠からず」の精神で、やってみながら修正していけます。

 日次決算の最も大きな効果は、工場運営者が経営者の視点も持てるようになることです。

改定履歴

<改定年月日>  < 改  定  内  容 >
2011/10/20 一部の文章を改定しました。
2011/10/19 生砂による製造の場合、砂処理費と造型ライン費を直接費から間接費に分類変更
2011/10/19 メニュー改定(間接費と配分を統合し、改定履歴を追加)
2011/10/18 初公開